石谷RPD176(1999.11.09)
JCO事故に関連する解析
名古屋大学大学院工学研究科原子核工学専攻石谷 和己, 山根 義宏
我々の研究室では,9月30日の事故直後に,新聞に報道された少ない情報を手掛かりに,溶液系の臨界安全の計算を実施した。その内容は,Ⅰ.冷却水除去による臨界停止措置の反応度効果(RPDmail#55.1999/10/7),Ⅱ.温度反応度係数の概算(RPDmail#90. 1999/10/13, RPDmail#134.1999/10/20),Ⅲ.遅発中性子割合の概算(RPDmail#90.1999/10/13)である。
温度反応度係数と遅発中性子割合の概算値は,他の研究者による核分裂数の見積もり,動特性解析の際に利用された。尚,温度反応度係数については,硝酸ウラニル溶液の密度評価の誤りを阪大・北田孝典氏に指摘頂き,これを新たに訂正したものを,Ⅱの(3.3)項に示した。
上記計算の時点では詳細が解らなかったパラメータ,例えば,体系の詳細な形状,溶液のウラン濃度,冷却水厚さ等も現時点では明確になり,本計算も現時点では意味の無くなった物もある。しかし,ここでは発表時点の内容にあえて手を加えないで,纏めることにした。これは,詳細が不明な状況下で,どの程度の計算をしたかと言う「歴史的」意味が,この纏めにあると考えたからである。
Ⅰ. 冷却水除去による臨界停止措置の反応度効果(RPDmail#55.1999/10/7)
(1)計算の仮定
・容器は直径45cmの円柱体系とし,側面と底面に厚さをパラメータとした軽水領域をつける(45cmの出典は,10月6日付毎日新聞)。
・容器の壁は無視する。
・溶液は濃縮度18.9wt%硝酸ウラニル水溶液とする。ウラン濃度は1リットル当り360g(ウラン濃度の出典は,10月2日付毎日新聞)とする。遊離硝酸を2規定と仮定する(この根拠は無い)。
・温度は25℃と仮定する。
・16.56Kgのウラン,従って容積46リットルを注入すると仮定する(この仮定の明確な根拠は無い)。従って,液位も28.92cmに固定する。
(2)計算方法
・個数密度は,Moekenの式で算出した(付録(5.1)にMoekenの式をまとめた)。
・ JENDL3.2の107群からPIJで実効断面積,ANISNで体系のバックリング
を考慮して2群に縮約した。2群拡散計算をCITATIONで行った。
(3)計算結果
水層厚さ(cm) 実効増倍率 反射体効果(%dk/k)
0.0 0.9721 0.0
1.0 0.9982 2.69
2.0 1.0192 4.75
3.0 1.0360 6.34
(4)考察
・このモデル計算では,冷却水の厚さが2cmで超過臨界になる。
・この水を取り除いた場合の反応度効果は-4.75%となる。
・ 但し,この計算のあいまいさを見積もる上の参考として,遊離硝酸を2規定から1規定に変更した場合を計算すると,それ自身の反応度効果が約1.5%dk/kある。
Ⅱ温度反応度係数の概算 (RPDmail#90 1999/10/13),(RPDmail#134 1999/10/20)
(1)計算の仮定
・容器は直径45cmの円柱体系とし,側面及び底面に厚さ0.3cmのSUS304容器,さらにその外側に厚さ2.2cmの水反射体が存在すると仮定する。
・溶液は,濃縮度18.8wt%の硝酸ウラニル水溶液とする。ウラン濃度は1リットル当り
360gとする。遊離硝酸を1規定と仮定した。
・温度は25度Cと仮定。
・15.12kgのウランを投入したと仮定する。溶液は温度上昇に伴い膨張し,密度は低下するとした。常温(25℃)では,容積42リットルである。
(2)計算方法
・個数密度は,Moekenの式で算出(付録(5.1)にMoekenの式をまとめた)。
・JENDL3.2の107群からPIJで実効断面積,ANISNで体系のバックリングを考慮して18~107群に縮約。
温度反応度係数の計算はTWOTRANによる107群輸送計算で行った。
(3) 計算結果
(3.1) 最初の投稿 (RPDmail#90 1999/10/13)
溶液温度を300K~400Kまで変化させて実効増倍率の変化から評価した。
温度 keff
25℃ 1.03913
30℃ 1.03710
35℃ 1.03493
40℃ 1.03276
25℃から40℃に温度が変化した際の反応度変化
-0.594E-2dk/k
これより,
ー0.594E-2dk/k/15℃ = ー3.961E-4dk/k/℃
以上より,
-4E-4%dk/k/℃となる。
(3.2)改訂版 (RPDmail#134 1999/10/20)
RPDmail#90では,燃料温度の上昇(ドップラー)と温度上昇に伴う密度低下のみ考慮していて,温度上昇による体積膨張を無視していた。完全な誤りであるので再計算した。
また,RPDmail#90ではドップラ効果と体積膨張の効果を混みにして評価していた。
本報告では,「密度低下&体積膨張の効果」と「ドップラー効果」を別個にも評価したドップラー効果の計算は,無限平板体系(バックリングによる漏れの考慮なし)で行い,密度変化は考えず,純粋に燃料温度変化のみを考慮した。
温度範囲 25℃~40℃の場合
トータルの変化 密度低下・膨張の効果 ドップラー効果
温度 keff 反応度 keff 反応度 kinf 反応度
25℃ 1.04116 1.04116 1.57027
30℃ 1.03973 -1.33E-03 1.04023 -8.59E-04 1.56987 -1.62E-04
35℃ 1.03831 -1.31E-03 1.03931 -8.54E-04 1.56947 -1.62E-04
40℃ 1.03689 -1.32E-03 1.03838 -8.62E-04 1.56907 -1.62E-04
温度変化 反応度係数(トータル) 反応度係数(密度低下・膨張) 反応度係数(ドップラー)
25-30℃ -2.65E-04 -1.72E-04 -3.25E-05
30-35℃ -2.62E-04 -1.71E-04 -3.25E-05
35-40℃ -2.65E-04 -1.72E-04 -3.25E-05
30-40℃ -2.64E-04 -1.72E-04 -3.25E-05
25-40℃ -2.64E-04 -1.72E-04 -3.25E-05
温度範囲 300K~400Kの場合
トータルの変化 密度低下・膨張の効果 ドップラー効果
温度 keff 反応度 keff 反応度 kinf 反応度
300 1.04035 1.04035 1.57031
350 1.02594 -1.35E-02 1.03095 -8.76E-03 1.56631 -1.63E-03
400 1.01115 -1.43E-02 1.02116 -9.30E-03 1.56235 -1.62E-03
温度変化 反応度係数(トータル) 反応度係数(密度低下・膨張) 反応度係数(ドップラー)
300-350 -2.70E-04 -1.75E-04 -3.25E-05
350-400 -2.85E-04 -1.86E-04 -3.24E-05
300-400 -2.78E-04 -1.81E-04 -3.24E-05
温度反応度係数は,300K~400Kの「トータルの反応度変化」より,-2.78E-4dk/k/℃とした。
(3.3) 改訂版の訂正(99/11/8, 本報告書で新たに追加した項目)
硝酸ウラニル溶液の密度評価に誤りがあることが判明したので修正する。
トータルの変化 密度低下・膨張の効果 ドップラ効果
温度 keff 反応度 keff 反応度 kinf 反応度
300K 1.04073 1.04073 1.57012
350K 1.02940 -1.06E-02 1.03440 -5.89E-03 1.56612 -1.63E-03
400K 1.01777 -1.11E-02 1.02778 -6.22E-03 1.56216 -1.62E-03
温度変化 反応度係数(トータル) 反応度係数(密度低下・膨張) 反応度係数(ドップラー)
300-350K -2.12E-04 -1.18E-04 -3.25E-05
350-400K -2.22E-04 -1.24E-04 -3.24E-05
300-400K -2.17E-04 -1.21E-04 -3.25E-05
温度反応度係数は,300K~400Kの「トータルの反応度変化」より,-2.17E-4dk/k/℃としたい。
(4)考察
温度反応度係数は,-2.17E-4dk/k/℃となる。「密度低下&膨張の効果」と「ドップラー効果」の個別の評価値は,「密度低下&膨張の効果」が,-1.21E-4de/k/℃,「ドップラー」が,
-3.3E-5dk/k/℃となる。二つの効果を同時に取り扱って計算した方が,別個に評価したものの和よりも大きいという結果となった。
Ⅲ 動特性パラメータの概算 (RPDmail#90, 99/10/13)
実効遅発中性子割合,即発中性子平均寿命等の計算はCITATIONによる107群拡散計算で行った。
SRAC95-CITATIONによる計算結果
PROMPT-NEUTRON LIFETIME(即発中性子平均寿命) 3.13533E-05 SEC.
PROMPT-NEUTRON GENERATION TIME (即発中性子生成時間) 3.08727E-05 SEC.
実効遅発中性子割合 7.96916E-03
各組に対する実効遅発中性子割合
2.70006E-04 1.72827E-03 1.56329E-03 3.14140E-03 9.28472E-04 3.37722E-04
各組の崩壊定数
1.27021E-02 3.17027E-02 1.15177E-01 3.11438E-01 1.40021E+00 3.87286E+00
(5)付録
(5.1)硝酸ウラニル溶液の密度評価式
-Moekenの式-
(( 硝酸ウラニル溶液の密度の実験式 ))
(a) 温度25℃における硝酸ウラニル溶液の密度を求める。
ρ25 : 硝酸ウラニル溶液の密度 [g/cm3]
CUN : ウラン濃度 [mol/L]
CHN : 溶液の酸性度(または遊離硝酸のモル数) [mol/L]
ρ25 = 1.0171 + 0.3081*CUN + 0.0289*CHN [g/cm3]
ウラン濃度は[gU/L]で与えるのが通例(便利)なので
CU : ウラン濃度[gU/L]
ρ25 = 1.0171 + 1.2944E-3*CU + 0.0289*CHN [g/cm3]
(b) ρ25を用いて,温度 t [℃] での密度 ρt は以下のように表すことができる。
ρt = 1.0125*ρ25 + 0.000145*t - 0.0005*ρ25*t - 0.0036 [g/cm3]
注意点:
任意温度点のρtが欲しい場合,ρ25をまず求めておく必要がある。
ρ25の評価に必要なウラン濃度(CUN)と溶液の酸性度(CHN)は25℃に於ける値を与える必要がある。
(5.2) SRAC95計算に使用した原子個数密度など
ウラン濃度 360 [gU/L], 酸性度1N
温度 密度 密度 膨張率 容量 液面高さ バックリング
[℃] ρ25 ρt V H
[g/cc] [g/cc] [L] [cm]
25.00 1.5120 1.5120 1.0000 42.000 26.408 1.41524E-02
30.00 1.5120 1.5090 1.0020 42.085 26.461 1.40953E-02
35.00 1.5120 1.5059 1.0041 42.170 26.515 1.40383E-02
40.00 1.5120 1.5028 1.0061 42.256 26.569 1.39814E-02
26.85 1.5120 1.5109 1.0007 42.031 26.428 1.41313E-02
76.85 1.5120 1.4803 1.0214 42.899 26.973 1.35656E-02
126.85 1.5120 1.4498 1.0429 43.803 27.541 1.30115E-02
176.85 1.5120 1.4192 1.0654 44.746 28.134 1.24689E-02
原子個数密度
U235 U238 O N H
温度
[℃]
25.00 1.73403E-04 7.39491E-04 3.83159E-02 2.42799E-03 5.90145E-02
30.00 1.73052E-04 7.37997E-04 3.82385E-02 2.42309E-03 5.88953E-02
35.00 1.72702E-04 7.36503E-04 3.81611E-02 2.41818E-03 5.87761E-02
40.00 1.72351E-04 7.35009E-04 3.80837E-02 2.41327E-03 5.86568E-02
26.85 1.73273E-04 7.38938E-04 3.82873E-02 2.42618E-03 5.89704E-02
76.85 1.69769E-04 7.23997E-04 3.75131E-02 2.37712E-03 5.77781E-02
126.85 1.66266E-04 7.09056E-04 3.67390E-02 2.32806E-03 5.65857E-02
176.85 1.62762E-04 6.94115E-04 3.59648E-02 2.27901E-03 5.53933E-02
(5.3) SRAC95により作成した2群断面積
温度25℃
物質1 (硝酸ウラニル溶液)
1群 拡散係数 吸収断面積 生成断面積 散乱(1→1) (1→2)
1 1.26682E+00 5.18128E-03 3.43548E-03 0.00000E+00 3.90488E-02
2群 拡散係数 吸収断面積 生成断面積 散乱(2→1) (2→2)
2 2.33591E-01 9.28600E-02 1.56775E-01 2.08009E-05 0.00000E+00
物質 (2沈殿槽容器,SUS304と仮定)
1群 拡散係数 吸収断面積 生成断面積 散乱(1→1) (1→2)
1 1.09838E+00 3.18372E-03 0.00000E+00 0.00000E+00 1.01896E-03
2群 拡散係数 吸収断面積 生成断面積 散乱(2→1) (2→2)
2 2.51049E-01 1.73008E-01 0.00000E+00 9.72568E-05 0.00000E+00
物質3 (水反射体)
1群 拡散係数 吸収断面積 生成断面積 散乱(1→1) (1→2)
1 1.26108E+00 2.81592E-04 0.00000E+00 0.00000E+00 4.68648E-02
2群 拡散係数 吸収断面積 生成断面積 散乱(2→1) (2→2)
2 2.09911E-01 1.60555E-02 0.00000E+00 1.50822E-05 0.00000E+00
核分裂スペクトル
1群 2群
1.00000E+00 0.00000E+00
(6) 参考文献
館盛勝一,阿見則男,三好慶典,「ウラン,プルトニウム溶液系の臨界計算 I」,
日本原子力研究所,JAERI-M 83-047(1983).
桜井聡,館盛勝一,「プルトニウム(Ⅳ)-ウラン(Ⅳ)-硝酸水溶液系の密度式の改良」,日本原子力研究所,JAERI-M 88-127(1988).
菊池司,三好慶典,鳥井義勝,山根祐一,外池幸太郎,「10%濃縮硝酸ウラニル水溶液の平板形状炉心の臨界特性」,日本原子力研究所,JAERI-Tech 99-038(1999).
奥村啓介,金子邦男,土橋敬一郎,「SRAC95;汎用核計算コードシステム」,日本原子力研究所,JAERI-Data/Code 96-015