JCO事故動特性解析
北海道大学 量子エネルギー工学専攻
原子炉システム設計制御工学分野
辻 雅司 島津 洋一郎
< はじめに >
以下に説明するように,動特性解析には様々なパラメータに値を与える必要がある。それらの値の不確定さは応答挙動の定量的な精度に影響を与えるばかりでなく,ある場合には質的に異なる挙動を与える可能性がある。しかし一方で,これらの値を確定するほどの十分な情報が入手されていないというのが現状である。
しかし,情報を入手できるまでいたずらに座視しているよりは,入手できる限られた情報を用いた結果でも公開し,解析モデルの不備や誤りを指摘していただき,またどのような情報が必要なのかを理解していただくほうがよいと考え,報告することにした。
< 目次 >
○動特性解析第一報(沸騰・蒸発を考慮しない場合の総核分裂数)
< 総核分裂簡易算出式について >
動特性解析に先立ち,どのようなパラメータが総核分裂数に大きな影響を与えるのかを調べた。
臨界条件 ρ(∞)=ρin - αwΔTw(∞)=0
熱平衡条件 Q(∞)=h・Aw・ΔTw(∞)(除熱)
=Cf・V・Σf・Φ(∞) (発熱)
総核分裂数 F =V・Σf・Φ(∞)・T17
=(Aw・T17/Cf)・(h・ρin/αw)
熱平衡出力 Q(∞)=Aw・(h・ρin/αw)
ここで,h :硝酸ウラニル溶液と冷却水間の熱通過率
Aw :伝熱表面積
ΔTw(∞):硝酸ウラニルの温度上昇分
V :硝酸ウラニル溶液体積
Σf :核分裂断面積
T17 :臨界状態持続時間
αw :冷却材温度反応度フィードバック係数
Cf :核分裂当たりの放出エネルギー
ρin :印加反応度
以上から総核分裂数は,h,ρinに比例し,αwに逆比例することが分かる。hについては模擬実験装置を用いての熱伝達の測定,ρinについては沈殿槽内の硝酸ウラニル溶液量や体系の幾何学条件で決定できるであろうが,現在の時点ではこれらを正確に算定するほどの情報を入手できていない。
< 動特性モデルについて >
○炉出力 ---- 一点炉近似,遅発中性子6群
○溶液温度 ---- エネルギー保存方程式
熱通過率(h):SUS容器の熱伝導+溶液とSUS容器間の熱伝達
(SUS容器と冷却水間の熱伝達は冷却水が強制循環されている
として熱通過率に大きく寄与しないものとして無視)
○放射線分解ガス ---- バブル生成,ボイド成長,ボイド離脱モデル(資料A)
○崩壊熱モデル(資料A)
○反応度フィードバック(沸騰は考慮しない)
ρ=ρin − αwΔTw − αvVv
< 不確定なパラメータについて >
○硝酸ウラニル水溶液の物性値(比熱,比重,表面張力,粘性係数,熱伝導率)
○放射線分解ガスG値 5.0e-7(mol/J) (RPDmail-127)
○分解エネルギーしきい値
上昇時:4.2e+7 J/m3,下降時:0.1×上昇時(資料@,A)
○分解バブルのボイドへの合体時定数 2秒(資料A)
○ボイド反応度フィードバック係数 αv=2.8e-5(Δk/k/cm3)(資料@)
○SUSタンクと溶液間の熱伝達率
・垂直壁面に沿う自然対流に関するヌッセルト数の相関式,
・水の熱物性値を使用 〜180W/(m2・K)
○硝酸ウラニル溶液初期温度
○印加された反応度 :ρin
○作業員によるファットマン効果 :ρfat
< 使用したパラメータ >
即発中性子寿命 :3.14e-5(sec) (RPDmail-176)
遅発中性子先行核生成率 :7.97e-3 (RPDmail-176)
遅発中性子群 |
βi |
λi |
1 |
2.70e-4 |
1.26e-2 |
2 |
1.73e-3 |
3.17e-2 |
3 |
1.56e-3 |
1.15e-1 |
4 |
3.14e-3 |
3.11e-1 |
5 |
9.28e-4 |
1.40e+0 |
6 |
3.38e-4 |
3.87e+0 |
(RPDmail-176)
SUS容器直径 4.5e-1 (m)
SUS容器厚 3.0e-3 (m)
SUS容器熱伝導度 14 w/(m・K)
SUSタンクと溶液間の熱伝達率 180 w/(m2・K)
硝酸ウラニル溶液初期温度 25 ℃
硝酸ウラニル溶液体積 44 l
硝酸ウラニル溶液比重 1400 kg/m3
硝酸ウラニル溶液比熱 4.2 kJ/(kg・K)
ボイド反応度フィードバック係数 2.8e-5 (Δk/k/cm3)
冷却材温度反応度フィードバック係数 2.2e-4(Δk/k/K)(RPDmail-176)
1.6e-4(Δk/k/K)(RPDmail-107)
核分裂断面積 0.063 (/cm)(RPDmail-176:ν=2.5と仮定)
中性子平均速度 2200 (m)
理想気体気体定数 0.082 l・atm/(K・mol)
核分裂エネルギー即発寄与分 0.93
核分裂エネルギー遅発寄与分 0.07
FP崩壊時定数 0.004(/s)
ファットマン効果(ρfat) 0
< 解析手法について >
一点炉動特性方程式に含まれるstiffnessに対処するためSCM(Stiffness Confinement Method)を採用
時 間 刻 み |
|
0 〜 60 秒 |
0.0002秒 |
1 〜 10分 |
0.002秒 |
10分 〜 17時間 |
0.02秒 |
< 動特性解析:総核分裂数 >
ρin,αw,hをパラメータにして動特性解析から総核分裂数を求めた。
また,簡易算定式からの概算値も示す。
ρin ($) |
αw (Δk/k) |
h |
総核分裂数 |
Q(∞) (kw) |
ΔTw(∞) (℃) |
簡易式 |
1.20 |
2.2e-4 |
h |
7.8e+18 |
4.1 |
43.7 |
7.9e+18 |
1.05 |
2.2e-4 |
h |
6.9e+18 |
3.6 |
38.3 |
6.7e+18 |
1.05 |
1.6e-2 |
h |
9.3e+18 |
4.8 |
51.7 |
9.3e+18 |
1.05 |
2.2e-4 |
0.5h |
3.6e+18 |
1.8 |
38.5 |
3.5e+18 |
1.05 |
2.2e-4 |
4.0h |
23.5e+18 |
12.9 |
38.5 |
24.8e+18 |
0.95 |
2.2e-4 |
h |
6.3e+18 |
3.3 |
34.7 |
6.2e+18 |
0.60 |
2.2e-4 |
h |
4.0e+18 |
2.1 |
22.0 |
3.9e+18 |
簡易式でも比較的精度よく総核分裂数を算定できる。
< 動特性解析:その他 >
@総核分裂数は,必ずしも即発臨界でなくとも,10の18乗台に達することができる。
A0〜60秒,1〜60分,1〜17時間のそぞれぞれの時間帯において特徴的な挙動を示す。
B0〜60秒間のいわゆるパワーバースト部の挙動は,ρin,G値,ガス分解エネルギーしきい値に敏感に影響される。
C0〜60秒のパワーバースト部の挙動は,1〜60分,1〜17時間の挙動や総核分裂数に大きな影響を与えない。
D1〜60分間の挙動は,冷却材温度反応度フィードバックと除熱に支配され,深い谷のアンダーシュートとそれに続くオーバーシュートが観測される。それらのピーク位置は熱通過率に大きく依存する。熱通過率が小さいほど振動周期が長くなり,振幅も大きくなる。
E那珂研の中性子線観測モニター信号のwavelet解析から8〜10分の所にアンダーシュートのピーク位置,16〜18分の所にオーバーシュートのピーク位置が観測される(図1参照)。
F中性子線観測モニターのwavelet解析のアンダーシュート/オーバーシュートピーク位置と動特性解析でのピーク位置を一致させるためには,上記解析で使用した熱通過率を4倍程大きくしなければならない。
この値を動特性解析に用いると,簡易算定式からも分かるように,総核分裂数も4倍程大きくなり,10の19乗台となる。
採取溶液試料分析(RPDmail-152)によれば,総核分裂数は10の18乗台であるのでこの結果と一致させるためには,ρinを小さくするか,αwを大きくする必要がある。
Gρinが小さくなるシナリオとしては,事故時の反応度がρfat+ρinであり,作業員退避後にρinとなったとも考えられる。
本解析は,沸騰は起こらないものとして動特性モデルに沸騰モデルを組み込まなかった。事実上記の解析条件では沸騰は生じていないが,初期条件によっては沸騰が起こりえる(たとえば,ρinが大きい,硝酸ウラニル溶液初期温度が高いなど)。現在,沸騰も扱えるように解析プログラムを手直中であり,上記に付け足す結果がえられたならば改めて報告する。
< 参考資料 >
@中島健,他:“溶液燃料体系の動特性解析コードAGNESの開発”,
JAERI-M(85-212)
AR.KATO,et.al.(Mistubushi Atomic Power Industries:現CSD):
"The Code Crest to Simulate Criticality Accident Power
Excursion in Fuel Solution", Safety Margin in Critical Safety,
26-30,NOV.San Francisco U.S.A.1989
B炉物理部会メーリングリスト・メール
RPDmail-107:「臨界事故解析報告(阪大)」from 竹田,山本,他(阪大)
RPDmail-127:「Re.放射線分解ガス」 from 石谷(名大)
RPDmail-152:「核分裂数」 from 関本(東工大)
RPDmail-176:「計算結果の纏め」 from 石谷,山根(名大)
< 溶液液面からの蒸発効果の評価 >
前報(RDPmail-191)で報告した動特性モデルに沸騰および溶液液面からの蒸発のモデルを組み入れた。
本報では,溶液面からの蒸発効果を調べたので報告する。
< 前報の解析結果の概要 >
@沸騰を考慮しないモデルでは,総核分裂数は印加反応度と硝酸ウラニル溶液と冷却水間の熱通過率に比例し,冷却材温度反応度フィードバック係数に逆比例する。
A那珂研の中性子線観測モニターで観測されたバースト後のアンダーシュート/オーバーシュート位置とシミュレーション結果の位置を一致させるためには,垂直壁に沿う自然対流に関する相関式から求められる溶液とSUS容器間の熱伝達係数h(〜180W/m2・K)を4倍ほど大きくしなければならない。
B4倍大きい熱伝達係数を使用した場合,総核分裂数はかなりの過大評価となる。
C総核分裂数を小さくするためには温度フィードバック以外の反応度補償を考える必要がある。
那珂研中性子線観測モニターの観測データには,出力が長い時間にわたって低下傾向にあることが観測される。液面からの蒸発が,この現象や反応度補償と関係付けられるかを解析した。
< 溶液液面高さと反応度変化の概算 >
反応度補償を調べる目的で,沸騰もしくは液面表面からの蒸発による反応度変化を調べた。(2群定数:RDPmail-176)
溶液減少量 (l) |
溶液高さ減少量 (cm) |
反応度変化量 (Δk/k) |
0.2 |
0.126 |
-2.97e-3 |
0.4 |
0.251 |
-5.96e-3 |
0.6 |
0.377 |
-8.98e-3 |
0.8 |
0.503 |
-1.20e-2 |
溶液量の微量の変化が反応度に大きな影響を与えることが分かる。
< 総核分裂数の概算式 >
準静的臨界条件 ρin−αwΔTw(t)−ρb(t)=0
準静的熱平衡条件 Q(t) = h・Aw・ΔTw(t) (除熱)
= Cf・V・ΣfΦ(t) (発熱)
以上の関係式から核分裂数は以下ように与えられる。
核分裂数 F(t) = V・Σf・Φ(t)
= (h・Aw/(Cf・αw))(ρin−ρb(t))
ここで,h :硝酸ウラニル溶液と冷却水間の熱通過率
Aw :伝熱表面積
ΔTw :硝酸ウラニルの温度上昇分
V :硝酸ウラニル溶液体積
Σf :核分裂断面積
T17 :臨界状態持続時間
αw :冷却材温度反応度フィードバック係数
Cf :核分裂当たりの放出エネルギー
ρin :印加反応度
ρb :蒸発や沸騰によって液面が低下することに
よって生じる反応度変化
以上の関係から総核分裂数は以下のように与えられる。
総核分裂 Ft = INTG(T17,0)*F(t)
= Cv・F∞
ここで F∞ = (Aw・T17/Cf)(h・ρin/αw)
Cv = (1 − INTG(T17,0)*ρb(t)/(ρin・T17))
(INTG(T2,T1)*f(t)は関数f(t)をT1からT2まで積分することを表す)
ここでF∞は前報で示したように沸騰や蒸発がない場合の総核分裂数であり,Cvは蒸発や沸騰による補正を表す項となる。
< 溶液高さと反応度変変化 >
溶液高さHとKeffの関係は以下のように与えられる。
keff(H) = νΣf1/(D1・B2+Σr1)
+ Σ12・νΣf2/((D1・B2+Σr1)・(D2・B2+Σr2))
ここで B2=(2.405/R)2 + (π/H)2
D1 :1群拡散定数
D2 :2群拡散定数
νΣf1 :ν・1群核分裂断面積
νΣf2 :ν・2群核分裂断面積
Σr1 :1群除去断面積
Σr2 :2群除去断面積
Σ12 :1-2群移動断面積
R :容器直径
H :溶液高さ
したがって,Hの変化に対する反応度変化は以下で与えられる。
ρb(H) = keff(H) − keff(Ho)
ここで,Hoは臨界時の溶液高さ
< 液面からの蒸発と液面高さの変化 >
蒸発率は,溶液温度や SUS容器空気領域内の蒸気濃度などに依存して変化するが,ここでは蒸発がある程度進むと,空気領域内の蒸気密度が飽和状態近くなるか,溶液温度の
低下のため,蒸発は起こらなくなるものとモデル化する。
蒸発率Mv(g/cm2・s)は以下のように変化するものとする。
dMv/dt = -λMv
ここでλは蒸発率飽和時定数。
したがって時間tにおける蒸発率は以下のように与えられる。
Mv(t)= Mv(0)e(-λt)
溶液表面積をAとしたき,蒸発による溶液減小量Md(t)は以下のように与えられる。
Md(t) = A・INTG(t,0)*Mv(t)
= A・(Mv(0)/λ)[1-e(-λt)]
蒸発による溶液高さの減少は
ΔH(t) = Md(t)/(A・ρ)
= ΔH∞[1-e(-λt)]
ただし ΔH∞ = Mv(0)/(λ・ρ),ρは溶液密度
溶液高さ変化に伴う反応度変化は以下のように求められる。
ρb(t) = keff(H) − keff(Ho)
=(dkeff/dH)ΔH(t)
=(dkeff/dH)ΔH∞[1-e(-λt)]
ここで,dkeff/dHは keff の H に対する微係数
< 補正係数の算出 >
以上の計算から,補正係数は以下のように求まる。
Cv=1-((dkeff/dH)・ΔH∞/ρin)(1-1/(λ・T17))
補正係数から,(dkeff/dH)・ΔH∞がρinに近いほど,またλが大きいほど補正係数が小さくなり,総核分裂数が小さくなることが分かる。
< 動特性モデルの変更 >
前報では,溶液と SUS容器間の熱伝達係数を一定として計算していたが,本報では溶液温度の変化を反映できるようにした。前報では那珂研中性子線観測モニターの前記ピーク 位置と一致させるためには,相関式から求めた熱伝達係数の4倍の熱伝達係数が必要であったが,本報の変更では3.5倍となる。
< 解析条件 >
以下に示すパラメータ以外のパラメータの値は前報(RPDmail-190)の値を使用した。
解析条件
ρin = 1.05 ($)
αw = 2.2e-4 (Δk/k/K)
h* = 3.5h
液面からの初期蒸発率 : Mv(0) = 5.0e-5 (g/cm2・s)
蒸発率飽和時定数 : λ = 1.6e-4 (/sec)
(那珂研中性子線観測モニター・データから概算)
< 動特性解析結果 >
|
蒸発を考慮した場合 |
蒸発を考慮しない場合 |
総核分裂数 |
3.44e+18 |
2.41e+19 |
Q(T17) (kw) |
0.59 |
13.2 |
ΔTw(T17)(℃) |
2.7 |
38.4 |
〇 Mv(0)の値は総核分裂数に敏感に影響を与える。大きなMv(0)を与えると17時間前に臨界状態が終息する。
〇 上記解析例では,臨界後30分以内に総核分裂の27%が起こる。
〇 長時間にわたる出力低下傾向を液面からの蒸発によって再現できる(図2,図3参照)。
< 参考資料 >
B炉物理部会メーリングリスト・メール
RPDmail-176:「計算結果の纏め」 from 石谷,山根(名大)
RPDmail-191:「動特性解析」 from 辻,島津(北大)