平成11年10月24日改訂6

平成11年11月14日改訂7

                         平成11年11月26日改訂8

 

JCO転換試験棟における臨界事故のエナジェティックスの推定

 

 

近藤駿介

東京大学大学院工学系研究科システム量子工学専攻

 

 

1.はじめに

 

JCO転換試験棟における臨界事故のエナジェティックスを熱水力的解析に基づき推定する。推定は,初期の超臨界出力スパイク,遅発臨界の成立に至る出力バースト,そして停止操作による停止に至るまでの準定常出力の3段階について行う。この推定は,事故の経過の理解及び線量評価のバックチェックの観点から有用と考える。ただし,本作業では,いくつかのパラメータを手順書等に基づき事故時の作業状態などを仮定して推定していること,事故経過の全体像の理解を得るため手近にある近似式を適用範囲を超えて利用しているところもあるので,算出された数字はそうしたことを念頭に扱われるべきである。

 

本文は,事故後まもなく現場を訪れる機会を得て,事故直後の系の出力情報が欠けていることを知って始めた作業を折々にまとめて,関係者に注意を喚起し,あるいは意見を求めるために作成してきたもので,10月10日前後に原子力学会炉物理部会内の意見交換の場であるRPDmailに投稿し,その後いろいろなコメントを得て改訂を重ねてきた。そして,10月24日に投稿した改訂6では,それまで乱暴に扱ってきた伝熱計算を詳細に行い,冷却水の水温と液体の液温について無理な仮定を置くことをやめた結果,一応手計算ではこの程度という段階に達した。そこで,これで打ち止めと考えていたが,その後,液面からの熱損失と攪拌機を収納している内筒の反応度効果が気になり,概算したところ,かなり大きな効果を持つことがわかったので,これを取り入れ,改訂7を用意した。

 

注:ところが,図面を詳細に見直したところ,この筒は回転体近傍にしかないと介すべきこと,原研においてもそのように解しているとこのことで,改訂7に係る修正は削除すべきところであるが,計算をし直す暇がないので,改訂8では単にその旨注釈をいれておくだけにとどめた。いずれ,折りを見て修正したい。

 

2.初期超臨界出力スパイク

 

まず,初期超臨界出力パルスの大きさを推定する。このために利用可能な情報は限られている。第一に使えそうなのは,作業員がチェレンコフ光を見たと証言していることである。この光は運転員の眼球中で発生した可能性もあるが,別室にいた作業員もみたとしているところから,この沈殿槽の液体注入孔からの光の可能性もある(ただし,30日の立入調査の結果,別室とは名ばかりで,実験室の衝立の向こうとこちらという配置であることがわかった)。そうとすれば,NSRRではMWレベル以上のピーク出力のケースで観測されるということであるから,体系からの本格的なチェレンコフ光であれば10MW級のガンマ線エネルギー密度を考えたほうがよいということで,NSRRと炉心の大きさがかなり異なるが,オーダーの程度の精度ということで,10MWをピーク出力とすることにする。

 

こうした出力ピークは,反応度の急速な印加に伴い体系が即発臨界条件を超えたところで出力が急上昇し,その結果何らかの反応度フィードバック機構がはたらいて,系の実効増倍係数が減少して体系は即発未臨界条件に至り,出力が急減少する結果生じるものである。このフィードバック機構としては,加熱された液体の温度の上昇により液体密度が減少するもの,強い放射線により液中に放射線分解ガスが発生するものがあるが,放射線分解ガスが発生成長するのに要する時間を考えると,これを最初のピーク形成に寄与する急速フィードバック効果に採用することは躊躇される。そこでここでは,ピーク形成のためのフィードバック効果として温度フィードバックを採用する。

 

第二に使えそうな情報は,JCOの責任者が,硼酸水注入のために緊急立ち入りを行った者によれば,当該沈殿槽に溶液を入れるために使った漏斗がそのままになっていたとしていること等の現場状況の観察結果である。これから,超臨界バーストによるタンクからの液体の放出はなかったと推定される(実際現場にはウラン溶液が漏洩した痕跡はなかった)。

 

液体の加熱速度があまりに大きいと定容加熱の故に液体内部に圧力が生じ,場合によっては,これにより液体が糟天井を打つ可能性があるところ,この情報は,この場合の加熱条件はそこまでは高くないことを意味する。このような加熱条件はつぎのように計算できる。糟中の液体量は6.5lの液体を入れたバケツ7杯目を5lのビーカーで入れていたときに事故が発生したとされているから,42lから47lの中間をとってV=44lとする。

 

このとき,液面から糟上面までの高さhは約34 cmとなる。これだけの距離を水が跳ね上げられるのに必要な初速はv=2gh=260cm/secであり,この速度を生み出す圧力pは p=ρcu=1.5x150000x260=5.85MPaである。水の圧縮率は0.45/GPa=0.45E-3/MPaだから,これだけの圧力を発生すべき体積圧縮はdv/v=2.63E-3となる。これを生じさせる温度上昇はこの液体の温度膨張率が0.42E-3/℃だから,dT=6.3℃となる。

 

上に期待する水の跳ね上げが発生するためには,これだけの温度上昇が音響制約が成立する時間,この系であれば0.2msec間に発生する必要がある。ただし,低部鏡部で剛体反射が起きると仮定できれば,中心部で圧力は2倍になるから,温度上昇はこの半分でいい。そこで所要dTをこの半分として,それだけの温度上昇に要する核分裂エネルギーを求めると,

    ρCpVdT=1.5x0.63x4.2x44E3x6.3/2=5.5E5J

となる。これだけのエネルギーが0.2msec以内に供給される出力は28GWであるが,このエネルギー添加率が液体の中心で実現するだけでよいとすれば,出力のピーキングファクターを2として体系の出力は14GWでよいことになる。

 

実際の出力はこの水準に至らなかったとして,これの半分あるいは1/10なのかを決める方法はあるか。これが与える内圧は約60気圧であるから,このような現象,あるいはそれに近い現象が起きれば,かなりの音響を発するはずであるが,事業所においてはそのようは受けていないという。そこで,ここではこの1/10,まるめて1GWをこのモデルに基づくピーク出力と推定しよう。

 

こうしてピーク出力を推定できたとすれば,反応度投入状況を仮定して放出エネルギーを決めることができる。つまり,初期出力0Wの体系に大きな過剰反応度R=ρ―βがステップ状に投入された場合の最大出力Pmaxは,Weinberg & Wignerの教科書にあるように,近似的にはPmax=R^2/(2Λδ)と計算できる。ここでΛは即発中性子寿命である。この体系のΛは,名古屋大学山根研究室の大学院生石谷氏がΛ=3E-5secと求めている(RPDmail#90)。またδはこの体系の反応度温度係数であり,これも石谷氏がδ(dk/k/℃)=-2.2E-4と報告している(RPDmail134)。

 

このδの単位を(dk/k/J)に変えて,δ=-1.26E-9(dk/k/J)として,これらを上の式に代入してやると,Rが次のように求まる。

Pmax=10MWのとき,R=8.8E-4,Pmax=1GWのとき R=8.8E-3

出力スパイクによる放出エネルギーはEs=2R/δで計算でき,

Pmax=10MWのときEs=1.38E6J,Pmax=1GWのときEs=1.38E7

となる。また,スパイクの半値幅はΓ=3.52Λ/Rと計算でき,

Pmax=10MWのときΓ=0.12sec,Pmax=1GWのときΓ=0.012sec

となる。このような短時間ではガスが液体の密度を変えるほどに成長できないから,フィードバック機構としてガスの発生を取り上げなかったことが妥当であったとわかる。

 

3.遅発臨界に至る出力バースト

 

上のモデルでは初期スパイクが発生したのちの体系は,反応度Rだけ即発未臨界になることになる。しかし,0.1秒を過ぎると放射線分解ガスの発生が顕著になる。この発生率は5xE-7mol/Jであるから

          Pmax=10MWとすれば,0.62mol,Pmax=1GWとすれば,6.2mol

となって,液体はしばしの間ざわめき,上のパルス波形が期待しているよりも大きな負の反応度が早くはいることになる。特に,この攪拌糟の液上空間体積は100l程度であるから,後者では液体が噴出してしまう可能性もないわけではない。しかし,昇温とのエネルギー配分を考えると,そのことがこのケースを棄却すべきほどに確実なわけではない。

 

このざわめきは,しかし,数秒で終わり,Pmax=10MWの場合には,体系は遅発超臨界になる。この超臨界出力バーストの最高出力等は,過剰反応度Rにβ-R,中性子生成時間に遅発中性子の生成時間を考慮したΛ=0.1secを用いて,すでに利用した関係から

Pmax=0.007^2/(2x0.1x1.26E-9)=194kW

Γ=359sec

Ed=2x0.007/δ=1.1E7J=11MWs

と概算される。そしてこの結果,系はβだけ未臨界になる。

 

ところが,問題が二つある。一つは,この間にも分解ガスが発生するから,発生した熱エネルギーは全てが液の加熱に使われるわけではないことである。上の分解ガス生成率に分解ガスの持つ水とのエネルギー差 240kJ/molをかけてやると,加熱に使われるのは発熱量の88%程度であり,残りはガスが持ってでていくことになる。

 

注:以下の二つのパラグラフは,円筒が回転翼の近傍だけにしかないことが判明したことから,再検討を要する。また,遅発臨界状態がある程度続いていたにもかかわらず注液を続けたという未確認情報もある。これを考慮すると,以下に検討する初期温度についても高い方をとるべきかも知れない。

 

[第二には,攪拌機を収納する円筒は内部に空気が入っているから,液を入れていった際,周りの液位が上昇しても,内部では液位が上昇していないはずである。そこで,この円筒内外における液位の不均等さが液を注入した際に内蔵反応度を蓄えている可能性がある。そして即発臨界に引き続くガス発生で内筒内外の液位差が解消されると反応度が印加されることになる。このいわば中心軸上で空気棒を挿入したことによる反応度効果は,温度係数から密度係数を求めて密度変化として概算すると30セント程度になるから,漏れの増大効果を入れると60セント(Δk=0.005)程度にはなる。

 

ここで,この内蔵反応度が放射線分解ガスの発生によりさみだれ的に解放されるとすれば,系は単一パルスの場合のようには深い未臨界にはならないで,小さな出力ピークが繰り返して遅発臨界状態に静定するものとしてよい。そう仮定すると,このパルスの役割は0.007と合わせて0.012の反応度の補償をもたらす温度上昇としてdT=54℃が得られ,所要エネルギーは54x1.75E5J=0.95E7Jとなる。この結果,液温は,初期温度が30℃として84℃,40℃とすれば94℃にまで上昇することになる。これらの妥当性を判断するための情報はない。以下では二つのケースの中間をとり,89℃まで上昇したものとして,計算を進める。]

 

この間のエネルギー損失は冷却水への伝熱,放射線分解ガスの生成と逸散,系の構成材料の加熱などである。冷却水への伝熱は後出の計算から約300W程度だから,300x400秒=1.2E5J,放射線分解ガスの生成には核分裂エネルギーの12%のエネルギーを使い,全てを逸散させること,系の構造材の温度上昇には約1E5Jを要するから,

この間の全発生エネルギーは0.972E7/0.88=1.1E7Jとなる。

 

ここで,もし必要な反応度補償量がもっと大きくなると,所要温度上昇量が大きくて液温は沸点を超えることになる。この場合には液の蒸発によって反応度補償が行われることになる。

 

4.定常出力

 

温度上昇がこの状態でとどまるのは,蒸発や冷却ジャケット冷却水の循環による糟からの熱除去能力と出力が釣り合うからである。この温度における冷却能力は,次のように概算できる。

 

この糟の冷却ジャケットの伝熱面積は約6E3cm^2,熱伝達率は,冷却水流量が毎分2リットルという手順書が守られていたとすれば平均0.02cm/sec程度だから,ヌセルト数は3程度となり,これから冷却水と糟材間の熱伝達率hがho=2.0E-3cal/℃cm^2secと求められる。一方,糟内では自然対流が発生して液温の均質化が図られるから,この状態における液体と糟材との間の熱伝達係数hiは,グラスホフ数を約12000,ヌセルト数を6と評価して,hi=4.3E-4cal/℃cm^2secと推定できる。これから糟内液体と冷却ジャケット水間の総括伝熱係数Uは,U=3.5E-4cal/℃cm^2secとなるから,液温をTc,冷却水入り口温度をTin,出口温度をToutとすれば,

     ρCpW(Tout-Tin)=UA(Tc-0.5(Tout+Tin))が成立する。

これに値を代入すれば,

  4.2x2000/60x(Tout-Tin)=4.2x3.5E-4cal/cm^2secx6E3cm^2(Tc-0.5(Tout+Tin))

あるいはTout=(135.6Tin+8.82Tc)/144.4 となる。ここで前述から液温Tcを89℃,冷却水温度を27.5℃とすれば,Tout=31.2℃となり,このときの除熱能力は

4.2x2000/60x(Tout-Tin)=518W

となる。

 

ところで,この温度では液面からの蒸発による熱除去もかなり盛んになっていると考えられるが,蒸発量の算定は容易ではない。そこで,これが水平方向の熱損失と同程度と仮定する。そうすると,この沈殿槽からの熱除去能力は1040W,従って,核分裂エネルギーの発生率は,放射線分解ガスの生成に12%が使われるとして,1200Wとなる。

 

垂直方向の518Wの熱損失が全て水の蒸発によるとすれば,液面高さの減少率は,

 

   518x3600/(4.2x540x3.14x22.5x22.5)=0.5cm/hr

 

これによる反応度損失は0.1cmあたり1E-4Δk/kであることを利用すれば,5E-4/hr程度となり,これを補償して臨界を維持するために必要な温度低下量は2.3℃/hrである。この結果,10時間後には23℃の温度低下のため,冷却水による冷却能力は310Wに減少し,垂直方向熱除去能力もこれに比例して減少するとすれば,熱出力は約700Wとなる。次の10時間には液面高さの減少速度は0.3cm/hrに減少するから,温度低下量も1.4℃/hrに減少する。この結果,20時間後の温度は37℃減少して50℃となり,冷却能力は200W,熱出力は450W程度となる。

 

5.まとめ

 

この事故では,沈殿槽への過剰な硝酸ウラニル液の注入により即発臨界事象が発生し,ウランの自発核分裂で発生する中性子が急速かつ急激に増倍され,中性子束が急上昇した。この結果,液温が上昇したが,系が負の反応度温度係数を有するので10MWを超えるピーク出力に達したのち急速に出力は低下した。この後遅発中性子が発生したため,ある程度の出力は維持されたが系は放射線分解ガスの発生により深い未臨界に至った。ガスの生成が収まると系はなお遅発超臨界であるために出力が上昇し始め,100KW以上に至るピーク出力も発生したが,ガスの発生が抑制因子となって平均的には半値幅が5分以上のゆったりとした出力ピークが形成された。この間には攪拌機を収納する円筒内部の液位は大きく変動して大きな反応度揺らぎを系に与え,それはこれがないとした場合よりも大きなエネルギーを系に付与したと思われる。出力が1KW程度に下がってくると発熱量と除熱量が一致して出力は一定値に落ち着いて,準定常状態に移行し,液体の蒸発による液位の低下とともに系の温度が低下し,出力も低下する状態が長く続き,10時間後には約700W,20時間後には450W程度の出力になる軌跡を描いた。

 

核分裂数に注目すると,最初の即発臨界出力パルスで4E16核分裂,続く数百秒間以上のゆっくりとした遅発臨界バーストで3.3E17核分裂が発生し,その後の準定常出力状態の継続により最初の10時間に11.3E17核分裂,次の10時間に8E17核分裂,これらを合わせて,2.3E18の核分裂が発生した。

 

注:以下の記述も内筒の構造に関する新しい知見を踏まえて改訂の要がある。

 

なお,この計算では,チェレンコフ光を手がかりにして初期投入反応度を推定していること,液体の蒸散によるエネルギー損失を冷却水によるものと同一レベルと仮定していること,攪拌器を収納する内筒の中の液面の振る舞い及びその反応度効果については定性的考察に終始しているので,ファクター2程度の誤差があると判断している。特に内筒内で沸騰が起きていた可能性が高いから,遅発臨界バーストの継続時間は内蔵反応度できまるところ,反応度が沸騰現象により,周期的に再生されていて,このバースト幅が数倍大きかった可能性がある。従って,特に,遅発臨界バーストの大きさについては,もっと誤差が(不確かさが)大きいと考えられる。

 

 

謝辞とおわび

 

本稿では,RPDメールを通じて頂戴した名古屋大学大学院生石谷和己氏の計算結果を用いている。指導教官の山根教授ならびに同氏に感謝します。また,カルフォルニア大の安教授からのコメント,北大成田教授のコメント,RPDメールに投稿された東京工業学の関本教授の報告は有益であった。

 

筑波大学成合教授には計算モデル,計算に密度を落としていることを指摘され,また,原研杉本氏,更田氏には当初用いていたモデルのキーパラメータであるエネルギー転換率について短時間のうちにご意見を頂戴したことを感謝する。